箱根・強羅 ― 箱根のもう一つの顔である”大人の静けさ”を求めて
東京から最も近い温泉街である箱根は、老若男女さまざまな人が訪れます。活気はあるが賑やかすぎて落ち着かない、というイメージをお持ちの方もいるかもしれません。そんな方にこそ知っていただきたいのが、登山電車の終点にある「強羅」です。箱根の最奥に位置するこの土地は、静けさを大切にしたい人が選ぶ場所。観光よりも滞在に重きを置いた人たちが向かう先です。
東京から電車で2時間、自動車なら1時間半。気軽に訪れられる非日常

冒頭で「最奥」と紹介しましたが、それはあくまで箱根エリアのなかでの位置関係です。都心からのアクセスは十分良好で、新宿からは2時間強の距離。小田急線の特急で箱根湯本まで約1時間半。そこから箱根登山電車に乗り換え、約40分で到着します。急勾配の坂をスイッチバックしながら進む山岳鉄道は、渓谷や鉄橋など見どころも多く、移動そのものに旅の楽しさが感じられます。
また、自動車でのアクセスも快適です。東京ICから東名高速・小田原厚木道路を経由のルートは、渋滞がなければおよそ1時間半程度で到着可能。車内で音楽をかけながらドライブを楽しんだり、家族や友人との会話をゆっくり楽しめるのも魅力です。荷物が多いときや小さな子ども連れでも移動の負担が少なく、現地での移動の自由度も広がります。
長い移動時間を必要としない分、到着後の時間をゆったりと使うことができるという箱根エリアの良さは健在です。早い時間に到着して、そのまま温泉に浸かったり、庭園を散歩したり、旅の始まりに余裕をもてる点が魅力。週末の短い休みでも十分満喫できます。
美意識を追求する別荘地としての歴史がもたらす、豊かな静けさ

強羅が“賑やかな観光地”というより“落ち着いた滞在地”として愛されてきた背景には、その開発の経緯があります。強羅は1910年代に小田原電気鉄道(現在の箱根登山鉄道)が造成した温泉付き別荘地としてその歴史をスタートしました。現在も残る庭園を中心に、整然と区画された住宅地が整備され、政財界や文化人の別荘が並ぶ場所となりました。別荘の多くは長期滞在を前提とした造りで、落ち着いた環境のなかで、静かに過ごすことを目的とした土地利用がなされていました。
このエリアには、かつて実業界の重鎮や文化人たちが滞在していたという記録が残っています。たとえば、明治・大正期の実業家で三井物産の創業者でもある益田孝は、山荘「白雲洞」を構え、茶室を設けて客人をもてなしていました。また、「砂糖王」とも呼ばれ日本商工会議所初代会頭を務めた藤山雷太も、大正期に強羅に別荘を建てました。こうした人物たちがこの土地に求めたのは、都市の喧騒から離れた環境で心身を整え、思索や創作に集中できる静けさだったのかもしれません。強羅は、単なる保養地ではなく、思考と美意識の場でもあったのです。
多様な泉質、多彩な自然がもたらす癒やし

強羅の魅力を語るときにまず挙げられるのは温泉でしょう。この一帯には多数の源泉がありますが、その泉質の多様さは箱根エリア内でも随一。単純温泉、酸性硫黄泉、塩化物泉など、それぞれ湯の個性が異なります。湯めぐりをして泉質の違いを味わう人もいれば、同じ湯に何度も浸かり、体を温める過ごし方を選ぶ人もいます。
入浴体験をさらに豊かにするのが、強羅の大きな特長である季節の変化を感じやすい地形。標高約700メートルのこの地では、春には新緑が目を引き、梅雨時には苔が美しく映えます。夏は都心よりも気温が低く、朝夕はひんやりとした空気が感じられます。秋には紅葉が庭園や山々を染め上げ、すすきの草原では風に揺れる穂が広がります。冬になると空気が澄み、雪が降ります。そうした季節毎の美しさを露天風呂に浸かりながら味わう時間は癒やしそのものです。
湯の質の高さと美しい自然を最大限に味わいたい方には、旅館での滞在がおすすめ。2024年のミシュランキーでは、箱根エリアから選出された4軒の宿のうち3軒が強羅に集中しており、そのサービスレベルの高さはお墨付きです。
芸術や食も充実し、大人の滞在を静かに支える

芸術や文化にも触れられる環境が整っている点も、強羅の特徴です。周辺には美術館が点在し、屋外に設置された彫刻や日本庭園のような空間での鑑賞体験が可能です。特に、散策をしながら自然と作品に触れることができる美術館では、静かな環境で自分のペースで作品と向き合うことができます。建物の中で過ごす時間以上に、歩きながら感じる時間が豊かに用意されているのが、強羅周辺の芸術文化の特長です。
食の面での強羅の魅力は“地元の日常食”の魅力に触れられることです。地元産の高原野菜は、火山灰土壌と気候に恵まれ、甘みが強く品質が高いことで知られています。こうした野菜を使ったサラダや料理は、素材の味を楽しめるシンプルな調理が多く、食べ飽きません。周辺の漁港から届く新鮮な魚介類、地元の畜産物なども、丁寧に調理されて提供されます。また、パンや和菓子などを扱う地元の店も多く、気取らない食が、旅のなかの“日常”を支えてくれます。
観光の中心から少し距離をおいた場所にある強羅。そこには、騒がしさとは別の豊かさがあります。